生理: 雄マウスのフェロモン ESP1は、特異的な鋤鼻受容体を介して雌の性的受け入れ行動を増強する

The male mouse pheromone ESP1 enhances female sexual receptive behaviour through a specific vomeronasal receptor p118

Sachiko Haga, Tatsuya Hattori, Toru Sato, Koji Sato, Soichiro Matsuda, Reiko Kobayakawa, Hitoshi Sakano, Yoshihiro Yoshihara, Takefumi Kikusui & Kazushige Touhara

Although pheromones and their detection by the vomeronasal organ are known to govern social behaviour in mice, specific chemical signals have rarely been linked to selective behavioural responses. Here the authors show that the ESP1 peptide secreted in male tears makes females sexually receptive, and identify its specific vomeronasal receptor and the sex-specific neuronal circuits activated during the behavioural response.

動物の交尾行動には、同種の異性から分泌される「性フェロモン」が重要な役割を果たします。例えば、ある種の性フェロモンは異性を誘引して自分の元へと引き寄せたり、脳内分泌系に作用して発情を促したりします。しかしながら、哺乳類において交尾行動を促進するフェロモンの分子実体は、未だ明らかにされていませんでした。

 マウスにおいて性フェロモンは、主に鋤鼻器官で受容されることが示唆されています。近年、我々の研究グループは、性成熟したオスマウスの眼窩外涙腺に特異的に発現するペプチドESP1を発見しました(Kimoto et al. Nature 437 : 898-901)。また、自由行動下のメスマウスをESP1に曝すと、鋤鼻器官の感覚神経の活性化が引き起こされたことから、ESP1は鋤鼻器官を介してはたらく性フェロモンであることが強く示唆されていました。今回我々は、ESP1の作用機構を受容体、神経回路、行動レベルで明らかにし、ESP1が性フェロモンであることを実証しました。

まず、ESP1の受容体を探索したところ、七回膜貫通型Gタンパク質共役受容体ファミリーの中のV2Rp5という1種類のタンパク質が特異的にESP1を受容することが明らかとなりました。次に、ESP1で活性化される神経回路を解析すると、V2Rp5発現鋤鼻神経で受容されたESP1の情報は脳へと伝達され、メスの視床下部を活性化しました。視床下部は、交尾行動の調節によって動物の生殖行動を直接的に、あるいは脳内分泌系を介した発情の調節によって間接的に制御することが知られています。そこで、ESP1の刺激がメスの交尾行動に与える影響を解析しました。その結果、ESP1を提示していないメスに比べて、ESP1を提示したメスでは「ロードシス」という性行動を示す頻度が約5倍高くなりました。ロードシスは、交尾の際にオスをより受け入れやすくするため、反射的に背中を反らすようメスに本能的にそなわっている体勢です。実際に、オスがペニスを挿入する確率もESP1を提示したメスで上昇するのが観察されました。また、ESP1受容体のV2Rp5遺伝子を欠損させたメスにESP1を提示したところ、ロードシスの促進は見られなくなりました。興味深いことに、オスにおけるESP1の分泌量はマウスの系統によって異なっていました。そこで、ESP1を分泌するオスと分泌しないオスに対するメスの交尾行動を観察してみたところ、メスはESP1を分泌するオスに対して、よりロードシス体勢を示しました。また、実験用に人間が飼育してきたマウス系統ではESP1を分泌する系統は少数でしたが、野生マウス由来系統ではほとんどの系統でESP1を分泌していることがわかりました。これは、実験用マウスに比べて、野生マウスにおいてESP1の発現が子孫の存続に有利であることを示唆しています。すなわち、小さなケージで飼育されてきた実験用マウスに比べて、野生環境においては交尾の機会は著しく限られるため、ESP1を介した生殖効率の上昇が重要であると解釈できます。

 このように、本研究では、哺乳類の性フェロモンの分子実体とその作用機構を、世界ではじめて明らかにしました。この研究で得られた成果は、動物の行動制御という応用的側面での利用が期待されますが、その一方で、「脳に対するある特定の刺激と応答(行動や内分泌変化)は、どのような神経回路を介しているのか」という神経科学における基礎的課題に対しても、理想的なモデル系を我々に提供してくれると考えられます。


発表雑誌:

雑誌:Nature

著者:Sachiko Haga, Tatsuya Hattori, Toru Sato, Koji Sato, Soichiro Matsuda, Reiko Kobayakawa, Hitoshi Sakano, Yoshihiro Yoshihara, Takefumi Kikusui and Kazushige Touhara

題名:The male mouse pheromone ESP1 enhances female sexual receptive behavior through a specific vomeronasal receptor


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  東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
  教授 東原 和成
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